第12回 笠置秀紀+宮口明子

第12回 2009年3月13日

 

プレゼンター:

 笠置秀紀+宮口明子(ミリメーター/mi-ri meter)

 

タイトル:

 <触れる都市計画>

 

レクチャーレビュー:

<都市教育家>

  都 市計画とはなにも、紙の上に線を引いたり色を塗り分けたりするだけの作業ではないのだと改めて知ることができました。都市での出来事を捉え、その魅力を人 々に還元するというミリメーターのお二人のスタンスは、都市計画の根源そのものと言えるかもしれません。法制度による規制や緩和の手法とは別に、普段の日 常における都市生活で、ふとしたきっかけで自分にとっての都市が変わることは良くあることです。そのきっかけは、急な豪雨だったり、たわいもない噂話だっ たり、満員電車での妄想だったり、様々でしょう。ミリメーターの仕事は、そんな潜在的な都市を見直すきっかけを鋭くあぶり出し、プロダクトとして顕在化さ せることなのではないでしょうか。

  60 年代に丹下さんが東京計画をはじめとした「見える」都市を主張し、70年代には磯崎さんが反対に「見えない」都市を主張しました。80年代には槇さんが 「見えがくれ」する都市を述べ、バブルの90年代には都市論はいよいよ混迷を極めます。そして現在、都市は都市計画家や建築家などの専門家が見せ方を決め る時代から、市民一人ひとりが自ら「見たい」都市を自由に編集し、選択できる時代になってきたのではないでしょうか。ミリメーターの作品は、そんな時代背 景に即したユーザーのための都市を具現化し、助長しているように感じられます。

  彼 らのこのような取り組みは、都市に住む人々の振舞いや思考を刺激し、洗練させ、リテラシーを育んでいくものです。都市計画の基礎として最も重要なことは、 都市の教育に他なりません。都市への理解がなければ、良い都市はあり得ません。都市の楽しさや魅力をどのように伝えることができるか。彼らの活動は、まさ に都市教育と呼ぶに相応しいものではないでしょうか。

 

<名前付ける>

  ミリメーターの作品には、どれも素敵な名前が付けられています。間取り柄の屋外シートである「MADORIX」。エスカレーターの一段をイスとして切り取った「イスカレーター」。都市の状況を現在進行形で捉えるサイト「URBANING」。

 れ もその作品の空気感を伝える的確で楽しいネーミングです。「都市の空気が読めるかどうか」と語るミリメーターの目指す都市の楽しみがそうであるように、都 市を編集して使うということはスキルやセンスを必要とします。名前を付けるというのは、その最たる例ではないでしょうか。都市で起こっている新しい状況に 名前を付けるということは、その出来事を理解し、翻訳し、編集して他者へ伝えるという作業の端緒に他なりません。彼らが付ける名前に、彼らの仕事の内容が 凝縮されているようでもあります。

 こういう感覚で都市を眺めることができれば、きっと目の前のありきたりな風景も違った様相を呈してくるのではないでしょうか。

 

<都市への眼差し>

 アー トと呼ぶに相応しい文脈において、都市を題材にすることは、むしろハンディを背負うことではないでしょうか。個人的な感性や先鋭的な記憶を揺さぶることを 目的とするアートであるならば、不特定多数への一般解よりはむしろ、個々に特化したカテゴリーを扱う方がよほど差別化しやすいのではないかと思えます。し かし、ミリメーターの関心は、アートにあるわけではなく、あくまで「都市」にあるのです。都市で起こっている出来事を人々に訴えかけるきっかとして「アー ト」を利用しているに過ぎません。彼らの熱い眼差しは今日も都市に向けられています。都市へ出て、都市を分析し、都市を表現する。彼らの作品が都市でのア クティビティとセットになって提示されていることからも、その眼差しの所在は明らかです。彼らのプロダクトを通じた都市のコミュニケーションが深化するた び、都市は私たちにとってますます身近で魅力的なものになっていくことでしょう。