第11回 高松誠治

第11回 2008年10月24日

 

プレゼンター:

 高松誠治(アーバンデザイナー・スペースシンタックス・ジャパン株式会社)

 

タイトル:

 <空間の「繋がりかた」を可視化する手法 ~スペースシンタックスの理論と実践~

 

コメント:

  都市や建築内部において、人は空間構成の特性を認知し、行動を決定します。つまり、空間構成が変われば、そこで行われる活動の種類や質が異なります。例え ば、商業施設における顧客動線は、空間構成に大きく影響されます。また、住宅地における犯罪の起こりやすさというのも空間構成と密接に関係しています。

 スペースシンタックスは、このような空間構成の特性について、非常にシンプルなグラフ理論を用いて理解しようとするアプローチです。ここ数年、多くの理論的発展と実践での活用が見られるこの手法について、ご紹介したいと思います。

 

レクチャーレビュー:

<日本のアーバンデザインにおける「道」>

"車輪をつくりましょう。30本のスポークを中心のハブに結びます。そのとき、真ん中に孔 -空の部分- をつくるのをお忘れなく。さもなければ車輪としての用を成しません。

壺をつくりましょう。粘土を使って様々な形の壺をつくることができます。そのとき、その中の空っぽの部分が、壺の本当の機能であることをお忘れなく。

部屋をつくりましょう。壁に窓を開けて、扉をつけます。部屋はどこですか?その中にある、空っぽの部分です。

空間とは、「何もない」部分です。しかし、そこで何かが起こる。それこそが機能なのです。"

(老子 道徳経・第十一章、意訳) 

-スペースシンタックス・ジャパンWEBより

 

  高松さんの人柄や雰囲気、そこに隠された強い思いが現れたすばらしい意(スペースシンタックスを介した都市空間への意)訳だと感心する。現代の日本では、 都市の機能は大きく歪められて扱われ、その真の意味を忘れ去られた都市空間のなんと多いことか。高松さんは、日本に未だ根づかないアーバンデザインの 「道」を説く、現代日本都市の老子そのものである。

 

<分析的アーバンデザインの目指すところ>

  スペースシンタックスによれば、都市空間の構成が大胆に可視化されて現れる。その情報は恣意的な操作のない純粋な都市の一つの見方である。僕は、造園(ラ ンドスケープ・アーキテクチュア)というところに立脚して都市を眺めているが、その視界あるのは歴史や文化、気候や植生など、社会や自然環境の複雑な要素 が渾然一体となった風景であり、なんとも言われず感覚的な要素を多分に含むものである。この差は、非常に大きい。

 高 松さんは、予測のモデルを易型とシュミレーション型に大分し、易の受け手本位と、シュミレーションの初期設定における恣意を指摘される。これによれば、風 景の視点は非常に易的なものであり、人間の本能的・感覚的なところへダイレクトに訴えかけるが、その受け取り方は多種多様である。一方で、これまでの都市 計画的な手法では、B/Cに代表されるように金銭的な価値に都市空間の価値を置き換えてシュミレーションするわけであるが、その方法は実に恣意的な(もう少し言えば、ベネフィットがコストを上回るという答えありきの)解析である。

  高松さんは、スペースシンタックスによる客観的な情報を使って、易的でもシュミレーション的でもない新しい方法の都市の解読を目指そうとしている。そこに は、多くの市民が本当の意味で都市空間の魅力を共有するための都市空間のリテラシーを育む条件が整えられているように感じる。専門家の恣意的な判断ででき た美しい都市は少なくはないが、今後のアーバンデザインにおける実践的展開においては、スペースシンタックスのような汎用性の高い方法論の優位が明快に感 じられるプレゼンであった。

<都市空間の価値を育む心>

  しかしながら、どのような方法を用いようとも、どんな都市を望むかは人々の思いの有り様に他ならない。高松さん自身も、出身の徳島市のような地方都市の再 生を志し、地位と名誉を投げ打ってイギリスから帰国されたのである。スペースシンタックスが、易的・シュミレーション的な手法を超えて、いかに多くの人々 にとっての都市空間への愛着や誇りを育むツールと成り得るかは、まさに今後の高松さんの活躍によるところである。

  都市空間の価値の本質を示すことと、その価値を共有し増殖させていくこと、また新しい価値を育んでいくことを人々の都市生活においてつむいでいくという作 業はなかなか容易ではなさそうである。ここに、まさに今後の日本のアーバンデザインにおける「道」があり、それを説く高松さんの使命があるのだと思う。都 市に関わる者として、少しでも同じ「道」を歩めるよう努力したいと意を新たにするすばらしい機会を頂いた。